RSVP’s COLUMN2 →前回のコラムはこちらをご覧ください。
英国刺繍作家の手仕事日記②
『アルプスの刺繍合宿』
ロンドンのビクトリア駅からナショナルレイルで南に50分ほどの町にある閑静な住宅地に 英国を代表する刺繍作家 Jenny Adin Christieのスタジオがあります。大きな窓から光が差し込む明るいスタジオは ジェニー先生の自宅の庭に建てられており、四季の花々が咲き乱れるガーデンにはニワトリやウサギが飼われ、犬と猫も自由に駆け回っています。このスタジオにイギリス各地からだけでなく、世界各国から刺繍好きの人達がレッスンを受けに集まります。
一般的に、英国刺繍には、金糸を使うゴールドワーク、立体的なスタンプワーク、白糸だけで作るホワイトワーク、黒い糸だけで作るブラックワーク、独特なデザインのクルエルワークなど8種類の技法があり、ジェニー先生は、16世紀から続く多彩な表現が可能な技法、スタンプワークのスペシャリストです。また、英国でも数少ないアイシャーワーク(スコットランドのホワイトワークで、赤ちゃんの洗礼式に着るボネットやガウン等に施される非常に繊細な刺繍)の作家でもあります。
私がジェニー先生と出会ったのは今から20年前、英国王立刺繍学校に通い始めた時に幸運にも担任がジェニー先生でした。以後先生がフリーランスの刺繍作家になってからもジェニー先生のスタジオに通い、今でもデザインの相談に乗ってもらったり、指導を受けたりと20年来のお付き合いになります。
ジェニー先生は、毎年フレンチアルプスのLes Carrozという標高2000mにある村のペンションで刺繍合宿を主催しています。私は過去5回参加していますが、世界中から集まる参加者と15日間寝食を共にし、刺繍を学びながら休暇を楽しめます。また、スタジオで習うよりも密接な指導を受けられるのも合宿の魅力で、開催一年前の募集告知と同時に満席になるほど。レッスンは毎日9時から5時、ジェニー先生がデザインした作品と同じものを作るスタイルで、レベルとしては上級になります。
レッスンの合間には2回のティータイムがあり、ミシュランレストランで腕を磨いたオーナーシェフが地元の食材を使って朝昼晩の食事を作ってくれます。シェフと一緒に朝市を訪れ、新鮮なチーズ、生ハム、野菜や焼きたてのクロワッサンを買い出しに行くのも楽しいひと時。
アフター5はディナー前のアペリティフの時間、日中の刺繍の疲れを忘れさせてくれるシャンパーニュとおしゃべりから始まります。ディナーの後もおしゃべりを続けたり、近隣の村までウォーキングしたり、ジャグジーを楽しんだり、各自思い思いの時間を過ごします。
ペンションはもちろん一人部屋。プライベートは確保されています。週末はモンブランに行ったり、イタリアに行ったり、ハイキングを楽しんだり、刺繍を学びながらアルプスの雄大な景色を眺めて過ごすひとときは、何ものにも代えがたい贅沢な至福の時間です。欧米ではこのように合宿やクルーズを楽しみながら刺繍を学ぶクラスがあり、リタイアした人々に人気の休暇の過ごし方となっています。
福留 理恵子
1998年から2017年まで20年間イギリス在住。
1999年から2006年まで英国王立刺繍学校在籍、ロンドン・チェルシーの自宅にて15年間英国刺繍とタッセル、ソフトファーニッシングを教える。
ソフトファーニッシングは、Lady Caloline Wray に師事し、タッセルは英国タッセルの第一人者 Anna Crutchley に師事。アップホルストリーにおいてはイギリスの技能検定であるCity Guildの資格を取得。
公益財団法人日本手工芸作家連合会会員
2017年 公益財団法人日本手工芸作家連合会 創作手工芸展でゴールドワークが特別賞受賞、ホワイトワークが入選。
2018年同連合会 手工芸展でスタンプワークが入選。
2018年6月日本ヴォーグ社で個展。
2018年より日本ヴォーグ社 刺繍塾講師
現在東京渋谷区の自宅アトリエで、日本で唯一ジェニー先生のキットを使って教えることが正式に許可されている英国刺繍教室を主宰。
www.englishneedlework.com